みなさんさようなら

 そろそろ大好きだった大学生活を総括したいと思う。いろんな出会いがあった。たのしいことも両手からあふれかえるほどあったし、つらくかなしいことも起こった。それらの出来事すべてが花束だ。四年間かけて歩いてきた僕の道のりにはあちらこちらにきれいな花が咲いていた。ときには立ち止まり、ときには真っ直ぐな道を蛇行し、ときには脇道にそれ、ひとつずつ花を見つけていった。その発見の瞬間が比喩的な花摘みだった。ピース。ちょきん。空を切って。象徴的な花々はいまではこんなにたくさん集まった。ありがとう、ありがとう。いまでは胸が感謝の気持ちでいっぱいだ。僕は大学を卒業します。社会にでます。みんなありがとう。お母さん、お父さん、ありがとう。

 と言えたらどんなによかったか。みなさんご存知のとおり僕はこの四年間で単位をさっぱりとれなかったよ。旅は続く。僕の次回作にご期待ください。手に入れたと思っていたものはいつのまにか供花に変わっていたよ。遊んでいた友人たちもいまではどこか遠い場所に行ってしまい離れ離れだ。

 とか書くのもあれだなって思う。つきあう友人は入れ替わっていったが、役割としてのオルタナティブを次々に見つけていったわけではない。僕はまったく変わらなかったよ。じぶんではそう思ってるんだけど、みんなからみたらちがうのかな?

 僕は自分の気持ちを場合分けして、それぞれに言葉を振り分けることができる。ケース1,僕が大学生活を後悔している場合。ケース2,僕が大学生活に満足している場合。ケース3,僕が大学生活について何も思ってない場合、といったふうに。気分ひとつで変わる。それはすべてがほんとうのことで、同時にすべてがほんとうではないように思えた。気持ちというものは虚ろなんだろうなと思う。

 ひとつ言えるのは、僕はこの四年間で新しい言葉を手に入れ、またいくつかの語彙は失われたということだ。体験の象られかたが変わったのかというと、それもなにか違うような気がする。言葉の矢に正射はなく必中もないように思われた。

 まあなんだかなあって気分だ。どうだったのかなあ。何がだろう。でもやっぱまだまだみんなにいろんなことをききたいよ。いろんな新しい話をしたいし、昔したことのある話を繰り返したい。だから僕は大学生活を続けるんだろうなと思う。言葉の荒野の中で。なーんてね!

 みんな、どう?